横浜地方裁判所 平成3年(行ウ)14号 判決 1994年6月29日
神奈川県相模原市渕野辺五丁目六番八号
原告
井野元弘
右訴訟代理人弁護士
増本一彦
同
鈴木義仁
同
鈴木裕文
同市富士見六丁目四番一四号
被告
相模原税務署長 石川清富
右指定代理人
足立哲
同
志村勉
同
比嘉毅
同
越智敏夫
同
江本修二
同
山本千臣
同
木下茂樹
同
小宮山真佐路
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が平成元年二月一四日付けでした
1 原告の昭和六〇年分所得税の更正のうち、総所得金額一五〇万八〇二四円、納付すべき税額一万四〇〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定
2 原告の昭和六一年分所得税の更正(ただし、異議決定により一部取り消された後のもの)のうち、総所得金額一六四万一二三七円、納付すべき税額一万七八〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定
3 原告の昭和六二年分所得税の更正(ただし、異議決定により一部取り消された後のもの)のうち、総所得金額一九一万二二一七円、納付すべき税額七万八七〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定
をそれぞれ取り消す。
第二事案の概要
一 本件は、電気配線工事業を営む個人事業者であり、昭和六〇年分から昭和六二年分までの各確定申告書(白色申告書)記載の所得(事業所得)について税務調査を受けた原告が、担当係官に対して具体的調査理由の開示や相模原民主商工会関係者の立ち会いを求めるなどして調査に応じなかったとの理由により、被告から推計課税による更正及び過少申告加算税の賦課決定を受けたことに対し、推計の必要性及びその内容の合理性を争い、かつ所得金額について実額による反証を試みている、という事案であり、右各申告書により原告がした確定申告、被告がした更正及び過少申告加算税賦課決定、原告がした不服申立て並びにこれに対する決定・裁決の経緯は、別表一ないし三記載のとおりであって、この経緯は当事者間に争いがない。
二 争点
本件の争点は、被告がなした推計課税は、その必要性があり、内容も合理的なものと認められるかどうかという点と、原告主張の実額反証は、その内容が真実に符合するかどうかという点である。
すなわち、被告は、原告が被告の税務調査を拒否したので、推計課税せざるを得なかったとし、原告の取引先に対する調査(反面調査)により知り得た原告の仕入金額をもって売上原価と認め、被告の管轄する相模原税務署管内において個人で電気配線業を営み、かつ事業規模が類似する者(以下「比準同業者」という。)から抽出した売上原価率の平均値で除して総売上金額を算出し、比準同業者の総収入金額に締める特前所得(青色申告の特典である所得控除をする前の所得金額をいい、総収入金額から売上原価及び経費の額を控除した金額)の割合の平均値である平均特前所得率を乗じて特前所得金額を算出するなどという方法による推計課税をし、これが合理的なものである、とするのに対し、原告は、本件税務調査は原告に事前通知なく実施され、しかも原告は調査を拒否したわけではないから、そもそも推計課税の必要性がないばかりか、その方法自体も不合理であり、かつ実額反証した総売上額は被告主張の推計総売上額よりも少ない、と主張しているものであって、これらの点に関する双方の主張・反論の詳細は以下のとおりである。
1 本件における推計課税の必要性について
(一) 被告
原告は被告係官が六回にわたって税務調査に赴いているにもかかわらず帳簿書類を全く提示せず、しかも調査日を無意味に引き延ばしたり、調査に赴いた被告係官を多数の立会人らが取り囲み、被告係官から立会人らの退席と帳簿書類の提示を求められたのにこれに応じず、その後再度訪れた被告係官に対しても、立会人なしの調査には応じない旨述べるなどして税務調査に協力しなかったのであり、このような状況下で昭和六〇年分ないし同六三年分の原告の各所得金額を実額で把握できなかった以上、被告が本件係争各年分の売上金額及び一般経費を推計して所得税を算出する必要性があることは明らかである。
(二) 原告
被告係官は本件税務調査に際し、事前通知なしに突然これを実施しようとし、しかも原告から調査理由を明らかにするように求められたのにその説明をせず、かつ民主商工会会員の原告による税務調査拒否の既成事実作出の目的で原告の要請により調査に立ち会おうとした者の同席・立ち会いを拒否するなど、税務調査手続きに要求される「告知、弁解、防御の機会の保障」の手続きに違反したばかりか、原告が被告係官臨場の際、同係官の座った机の上に、調査に必要な帳簿書類を閲覧可能な状態にして置いてあったのに、敢えてこれを閲覧しようとしなかったのであるから、被告主張の本件推計課税はそもそもその必要性がなかったというべきである。
2 本件推計課税の合理性について
(一) 被告
被告は、原告の所得金額を算出するための推計方法として、原告の売上原価を基礎として、その金額を比準同業者の平均売上原価率で除して総収入金額を算出し、その総収入金額に比準同業者の平均特前所得率を乗じて原告の特前所得金額を算出するという方法を採用したものであるところ、右比準同業者については、原告の納税地を管轄する相模原税務署管内において、<1>原告と同種の電気配線工事業を営む個人業者、<2>本件係争各年分について、青色申告の承認を受け、青色申告決算書を提出している者、<3>年を通じて右<1>の事業を継続している者、<4>本件係争各年分の売上原価が、原告のそれの半分以上二倍以下の範囲内である者、<5>災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者、<6>税務署長から更正又は決定処分をうけている者のうち、当該処分について国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立及び出訴期間が経過している者及び当該処分に対して不服申立がなされ、又は訴訟中でない者という抽出基準に基づき、本件係争各年分ごとにその基準にすべて該当する者を別表五1ないし3のとおり機械的に抽出したものであって、右採用にかかる推計方法には合理性がある。
(二) 原告
原告は特別の店舗を持たず、一般住宅を建築する工務店から発注される家庭用一般住宅の電気配線工事を主に行っているから、推計課税によって更正をする場合、抽出すべき比準同業者は家庭用一般住宅の電気配線工事業者でなければならないのに、被告はこれを考慮することなく、単に確定申告書の職業欄に「電気配線工事業」と記載のあるものを漫然と抽出しているが、このようにして抽出された比準同業者は原告の事業の実態と近似性・類似性を有していないといわざるを得ない。また、被告は、原告の売上原価の五〇パーセントないし二〇〇パーセントの売上原価を有する業者を同業者として抽出しているが、原告の業種においては売上原価と総売上金額との間になんら相関関係がないばかりでなく、右抽出方法において、下限を五〇パーセントとしておきながら、上限を一五〇パーセントとせずに二〇〇パーセントとするのは、必然的に平均値を高くし過大な所得認定を導くもので適切ではなく、いずれにしても本件推計課税には合理性がない。
3 原告の実額反証について
(一) 原告
原告の所得原因となる電気工事の売上は、<1>主要材料を注文主から支給される工事(有限会社川内工務店から注文されるプレハブ住宅建設に伴う電気配線工事)、<2>材料を原告が直接仕入れる工事(斎藤工務店等の工務店及び顧客から発注される工事)、<3>材料を原告が直接仕入れるが、使用したケーブルの長さに積算単価を乗じたものに約七パーセントの経費を加えて工事費を算出する動力工事及び既設設備の増設工事、<4>原告が器具を直接調達するほか、注文主から支給されることもある既設住宅内の電気器具取り付け及び取り替え工事(電気器具を小売業者の矢口電化ストア及び住宅居住者から発注される工事)、<5>その他の工事(屋外行事に伴う臨時の電灯取り付け工事、原告居住地の自治会の防犯灯の電球、蛍光灯及びグロウランプ等の取り替え工事)に大別でき、各年分の総売上、仕入れ、諸経費及び所得金額は次のとおりである。
(1) 昭和六〇年分
総売上(総収入) 四四二万五一五〇円
仕入れ(売上原価) 一二一万二一二〇円
一般・特別経費 一〇〇万六二六六円
所得金額 二二〇万六七六四円
イ 総売上及び仕入れの内訳
ロ 一般・特別経費の内訳
租税公課 一万七三〇三円
(内訳)
営業用車両の自動車税 一万四三〇〇円
領収書用印紙 一〇〇〇円
固定資産税 二〇〇三円
(原告所有建物二〇坪の固定資産税は一万三三五〇円であるが、そのうち事業用として使用しているのは三坪分であるので、その割合で計算したもの)
諸会費 六万二九〇〇円
(内訳)
相模原民主商工会本部会費 四万八〇〇〇円
共和支部会費 四〇〇〇円
闘争資金 二五〇〇円
民商まつり参加費 五〇〇〇円
学習会参加費 一〇〇〇円
東町自治会会費 二四〇〇円
水道光熱費 三万五三六二円
(内訳)
水道料金 四五一四円
(原告名義の料金は三万〇〇九〇円であるが、そのうち事業用として使用している分を、固定資産税と同様に建物面積に対する事業用使用分の割合で計算したもの)
電気料金 一万五一六五円
(原告名義の料金は一〇万一〇九八円であるが、そのうち事業用として使用している分を、固定資産税と同様に建物面積に対する事業用使用分の割合で計算したもの)
ガス料金 九八三〇円
(原告名義の料金は六万五五三五円であるが、そのうち事業用として使用している分を、固定資産税と同様に建物面積に対する事業用使用分の割合で計算したもの)
暖房用灯油代 五八五三円
(原告が購入したのは三万九〇二〇円であるが、そのうち事業用として使用している分を、固定資産税と同様に建物面積に対する事業用使用分の割合で計算したもの)
通信費 二万一九五三円
(原告名義の電話料金は三万一三六一円であるが、そのうち事業用として使用している分を七〇パーセントと計算したもの)
接待交際費 八万三〇〇〇円
(内訳)
接待費 四万八二四〇円
交際費 三万四七六〇円
営業用車両の修繕費 一三万六五〇〇円
消耗品費 五万〇七二七円
営業用車両の燃料費 一三万二一八五円
旅費・交通費 一万〇二〇〇円
事務用品費 一三四四円
新聞図書・教養費 四万二九四〇円
(内訳)
新聞・図書費 三万二〇五〇円
教養費 一万〇八九〇円
臨時工事費・臨時電灯費 一万四二三九円
(新築工事の仮設工事及び盆踊りの臨時電灯工事に関して東京電力に支払うもの)
減価償却費 三二万〇一二九円
(内訳)
営業用車両の減価償却費 三〇万七〇〇〇円
事業所としての原告所有建物の減価償却費 一万三一二九円
(原告所有建物の減価償却費は八万七五二六円であるが、そのうち事業用として使用している分を、固定資産税と同様に建物面積に対する事業用使用分の割合で計算したもの)
貸倒損失 二万円
外注費 五万五〇〇〇円
(角井某の電気工事を矢口電化ストアに発注した工事代金)
支払い利息 二四八四円
(原告所有建物購入に伴う借り入れ金の支払い利息のうち事業用として使用している分を、固定資産税と同様に建物面積に対する事業用使用分の割合で計算したもの)
(2) 昭和六一年分
総売上(総収入) 三一二万六七三〇円
仕入れ(売上原価) 七〇万七〇二四円
一般・特別経費 四九万一四四二円
所得金額 一九二万八二六四円
イ 総売上及び仕入れの内訳
ロ 一般・特別経費の内訳
租税公課 一万九七〇三円
(内訳)
営業用車両の自動車税 一万四三〇〇円
領収書用印紙 三四〇〇円
固定資産税 二〇〇三円
(原告所有建物二〇坪の固定資産税は一万三三五〇円であるが、そのうち事業用として使用しているのは三坪分であるので、その割合で計算したもの)
諸会費 六万八四〇〇円
(内訳)
相模原民主商工会本部会費 四万八〇〇〇円
共和支部会費 六〇〇〇円
闘争資金 二五〇〇円
民商まつり参加費 三〇〇〇円
民商まつり実行委員会総括会議費 一〇〇〇円
学習会参加費 五〇〇円
民商運動会会費 二〇〇〇円
共和支部総会会費 三〇〇〇円
東町自治会会費 二四〇〇円
水道光熱費 三万六九五二円
(内訳)
水道料金 四七一六円
(原告名義の料金は三万一四四〇円であるが、そのうち事業用として使用している分を、固定資産税と同様に建物面積に対する事業用使用分の割合で計算したもの)
電気料金 一万八八〇八円
(原告名義の料金は一二万五三八四円であるが、そのうち事業用として使用している分を、固定資産税と同様に建物面積に対する事業用使用分の割合で計算したもの)
ガス料金 八一七八円
(原告名義の料金は五万四五二〇円であるが、そのうち事業用として使用している分を、固定資産税と同様に建物面積に対する事業用使用分の割合で計算したもの)
暖房用灯油代 五二五〇円
(原告が購入したのは三万五〇〇〇円であるが、そのうち事業用として使用している分を、固定資産税と同様に建物面積に対する事業用使用分の割合で計算したもの)
通信費 二万八九七六円
電話料金 二万八三五六円
(原告名義の電話料金は四万〇五〇八円であるが、そのうち事業用として使用している分を七〇パーセントと計算したもの)
消防設備士甲類四種・乙種七種の講習会の会費送料 六二〇円
交際費 六万三三三〇円
消耗品費 七万六四九五円
営業用車両の燃料費 一一万四二一四円
旅費・交通費 七二〇〇円
事務用品費 三一九〇円
新聞図書・教養費 四万〇八七〇円
(内訳)
新聞・図書費 二万九九八〇円
教養費 一万〇八九〇円
臨時工事費・臨時電灯費 一万七〇五三円
(新築工事の仮設工事及び盆踊りの臨時電灯工事に関して東京電力に支払うもの)
事業所としての原告所有建物の減価償却費 一万三一二九円
(原告所有建物の減価償却費は八万七五二六円であるが、そのうち事業用として使用している分を、固定資産税と同様に建物面積に対する事業用使用分の割合で計算したもの)
支払い利息 一九三〇円
(原告所有建物購入に伴う借り入れ金の支払い利息一万二八六六円であるが、そのうち事業用として使用している分を、固定資産税と同様に建物面積に対する事業用使用分の割合で計算したもの)
(3) 昭和六二年分
総売上(総収入) 五三八万三六四〇円
仕入れ(売上原価) 一三三万一九八〇円
一般・特別経費 八五万五五一〇円
所得金額 三一九万六一五〇円
イ 総売上及び仕入れの内訳
ロ 一般・特別経費の内訳
租税公課 二万〇三〇三円
(内訳)
営業用車両の自動車税 一万四三〇〇円
領収書用印紙 四〇〇〇円
固定資産税 二〇〇三円
(原告所有建物二〇坪の固定資産税は一万三三五〇円であるが、そのうち事業用として使用しているのは三坪分であるので、その割合で計算したもの)
諸会費 六万七四〇〇円
(内訳)
相模原民主商工会本部会費 四万八〇〇〇円
共和支部会費 五〇〇〇円
闘争資金 二五〇〇円
民商まつり参加費 三〇〇〇円
民商まつり総括会議費 一〇〇〇円
共和支部新年会会費 二五〇〇円
共和支部総会会費 三〇〇〇円
東町自治会会費 二四〇〇円
水道光熱費 三万六九〇三円
(内訳)
水道料金 五二〇九円
(原告名義の料金は三万四七二五円であるが、そのうち事業用として使用している分を、固定資産税と同様に建物面積に対する事業用使用分の割合で計算したもの)
電気料金 一万八四八五円
(原告名義の料金は一二万三二三六円であるが、そのうち事業用として使用している分を、固定資産税と同様に建物面積に対する事業用使用分の割合で計算したもの)
ガス料金 八三一九円
(原告名義の料金は五万五四六〇円であるが、そのうち事業用として使用している分を、固定資産税と同様に建物面積に対する事業用使用分の割合で計算したもの)
暖房用灯油代 四八九〇円
(原告が購入したのは三万二六〇〇円であるが、そのうち事業用として使用している分を、固定資産税と同様に建物面積に対する事業用使用分の割合で計算したもの)
電話料金 二万八八四〇円
(原告名義の電話料金は四万一二〇〇円であるが、そのうち事業用として使用している分を七〇パーセントと計算したもの)
接待交際費 一七万五六七〇円
(内訳)
接待費 一一万九四七〇円
交際費 五万六二〇〇円
営業用車両の修繕費 一三万〇八〇〇円
消耗品費 一一万五四二七円
営業用車両の燃料費 一五万六七五七円
旅費・交通費 四八〇〇円
営業用車両の損害保険費 三万一四〇〇円
事務用品費 二二八〇円
新聞図書・教養費 四万五六九〇円
(内訳)
新聞・図書費 三万四八〇〇円
教養費 一万〇八九〇円
臨時工事費・臨時電灯費 二万四七三五円
(新築工事の仮設工事及び盆踊りの臨時電灯工事に関して東京電力に支払うもの)
事業所としての原告所有建物の減価償却費 一万三一二九円
(原告所有建物の減価償却費は八万七五二六円であるが、そのうち事業用として使用している分を、固定資産税と同様に建物面積に対する事業用使用分の割合で計算したもの)
支払い利息 一三七六円
(原告所有建物購入に伴う借り入れ金の支払い利息のうち事業用として使用している分を、固定資産税と同様に建物面積に対する事業用使用分の割合で計算したもの)
以上のとおり、昭和六〇年ないし昭和六二年の原告の所得金額は、それぞれ原告のなした確定申告額よりも多いとしても、二二〇万六七六四円、一九二万八二六四円及び三一九万六一五〇円を超えるものではないから、被告の本件各更正処分は、少なくともこれらを超える部分については過大な認定をしており、違法である。
(二) 被告
実額反証は原告主張の売上金額の存在が立証されるだけでなく、実際の売上が右主張額を上回るものでないことも立証されなければならないのであって、これは売上原価及び必要経費についても同様であり、各主張額の存在のみならず、実際の売上原価及び必要経費がこれらを下回るものでないことも立証されねばならないところ、この見地からみて原告の主張・立証はいずれも極めて不完全であり、到底実額反証されたとはいえない。
第三争点に対する判断
一 (推計の必要性について)
1 所得税の課税は、本来、実額調査により行われるべきであるが(国税通則法二四条、二五条)、信頼し得る調査資料を欠くなどの事由により実額調査ができない場合に、これを理由に課税をしないことが許されないことは、国民の納税義務及び租税負担公平の原則から明らかであり、このような場合は、実額調査による課税に代える方法として推計により課税をすることができるものと解される(所得税法一五六条)。
したがって、本件についても、推計課税が許されるためには、実額調査を実施しようとしてもこれをなし得ない事由があったことが必要であるから、この点に関連して、本件税務調査がいかなる経緯でなされたかをまず検討する。
(一) 被告の係官が原告の所得税の調査をした経緯が次のとおりであることは当事者間に争いがない。
(1) 原告は電気配線工事業を営むいわゆる白色申告の個人事業者であるところ、被告係官である堀内隆雄は、昭和六三年七月二七日午後三時ころ、原告宅に赴いたが不在だったので、所得税の調査で同年八月二日午前一〇時ころ再度臨場する旨を記載した不在票を差し置いたうえ、同日午前九時四五分ころ原告宅に赴き、原告に対して所得税の調査を行う旨を告げた。堀内係官は、原告が「今日は、これから現場に行くので調査の日程については後日連絡する。」と申し述べたので、いつごろ連絡をもらえるのかを質問したが、原告ははっきりした回答をしなかったため、その週のうちにおおよその日程を連絡してくれるように依頼するとともに、連絡がない場合には独自に調査を進める旨説明し、事業概況について尋ねたところ、原告は、事業は一般住宅の電気配線工事が主体であること、主な売上先については(具体的名称は回答しないまま)八王子及び相模原の建設会社等三件程度であること、決済方法はさまざまであること、取引金融機関は八千代信用金庫及び横浜銀行であることなどを答えた。その際、原告が堀内係官に対して、調査理由、調査項目及び調査対象年分について質問したところ、堀内係官は、調査理由は所得金額の確認であるが、調査項目は全体的に検討しなければ判断できず、調査年分は昭和六〇年から同六二年までの三年分である旨回答し、辞去した。
(2) 堀内係官は、原告からの連絡を待ったが一か月を経ても連絡がなかったので、昭和六三年九月八日午前一〇時三〇分ころ、原告宅に臨場し、原告に対して調査に応じるように要請した。これに対して原告は、調査に応じる日については今のところめどが立っていないので、日程の都度がついたら連絡する旨答え、具体的な日時を示さないため、堀内係官は原告に対し、被告独自の調査によって確認できるものは、先に確認させてもらう旨説明した。
(3) その後、堀内係官は、原告の取引先への反面調査等を行う一方で、原告からの連絡を待ったが、三回目の原告宅臨場から二か月以上経っても一向に連絡がないため、昭和六三年一一月二四日午前九時二〇分ころ、原告宅へ臨場し、原告に対して調査に応じるように要請したところ、原告は、今は応じられないが同年一二月九日午後一時三〇分からなら調査に応じると答えたので、これを了承した。その際、堀内係官は、原告から取引先の調査をしたことについて抗議を受けたので、原告が調査日を連絡すると言いながらそれまで全く連絡がなく、しかも前回臨場した際に、被告独自で調査を進める旨の説明をしていると回答した。
(4) 昭和六三年一二月九日午後一時二五分ころ、堀内係官は、原告宅に臨場したところ、相模原民主商工会員ら一一名(以下「立会人ら」という。)が在室している八畳程の居間に通され、机を挟んで原告の真向かいに座ると、立会人らは二人を取り囲むように座ったので、原告に対し、調査に関係のない第三者を退席させるよう求めたが、原告は「みんな私の仲間なのだから構わないだろう。」と言って、これを聞き入れなかった。その際、堀内係官は、原告から調査年分を昭和六二年分だけにし、調査項目も限定するようにと要望されたが、調査年分及び調査項目の限定はできない旨回答し、また立会人らから再三にわたり、いかなる理由で調査に来たのかについて質問されたが、所得金額の確認であるとのみ回答した。しかし、原告は、それでは納得できないとし、具体的な調査理由の開示がないのであれば調査に応じられない旨の発言をし、立会人らからは、本人の了解を得ないで反面調査を行ったことについての非難が繰り返されたため、堀内係官は約四〇分間原告宅にいたが、調査は全く進展しなかった。そこで、堀内係官は原告に対し、第三者も同席しており、このような状況では本人からの質問にも答えられないし、調査も進展しない旨を伝えたところ、立会人らから、この場で何も話さないならこれから署に抗議に行くとの発言があり、その後の状況に変化がないので、堀内係官は、それ以上調査の進展は図れないと判断し、同日午後二時五分ころ、その場から退去したが、右退去の際には一六名の立会人らが在室しており、それらの者は、同日午後二時三五分ころ、相模原税務署に集団で抗議に赴いた。
(5) 堀内係官は、昭和六三年一二月一六日午後一時一〇分ころ、原告宅に臨場し、先日のように立会人らのいるところでは調査を行えないので、立会人のいないところで調査できるよう時間を取って欲しいと要請したが、原告は「立会人のいないところで話をしたいというのはおかしい。本人がいいといっているのだから構わないだろう。」などと主張したので、本人だけの問題ではなく取引先の話もあり、守秘義務に反することになるので、立会人のいるところでは話ができないし、どうしても立会人なしの調査に応じられないというのであれば、被告独自の調査結果に基づいて更正処分をせざるを得ない旨の説明をし、原告からの連絡を待ったが、更正通知の送達日である平成元年二月一四日になっても連絡はなかった。
(二) なお、証人堀内隆雄の証言及び弁論の全趣旨によれば、堀内係官が原告の税務調査を行ったのは、上司から、原告は、仕事を始めて一〇年以上経つのに所得金額が低調であり、しかも長期間調査が行われていないばかりか、所得税法で提出が義務付けられている収支内容書を提出せず、提出を促しても応じないので、原告に対する税務調査を実施するよう指示されたためであったこと、堀内係官が昭和六三年七月二七日午後三時ころ、原告宅に赴いた際、事前通知をしなかったのは、原告の帳簿書類の記帳及び記録の保存状況を確認するためであったこと、また堀内係官が昭和六三年八月二日に原告宅を訪問した際、原告から調査理由を聞かれて所得金額の確認とのみ答えたのは、原告が収支内訳書を提出しないので、どの部分について調査したいのかを明らかにすることはできなかったためであり、その旨の説明もしたこと、堀内係官が昭和六三年一二月九日午後一時二五分ころ、原告宅に臨場した際、在室していた立会人を退席させて帳簿を提示するように言ったのは、多数人の立会人らに威圧感を覚えたこともあるが、税務署員としての守秘義務から第三者のいないところで調査したいと考えたからであること、またこれに応じない原告及び立会人らから調査理由、調査項目及び調査年度等を聞かれた際、調査理由は所得金額の確認であり、調査項目については部分を特定できない旨答えたのは、原告から収支内訳書の提出がないので調査項目を特定することができなかったからであり、反面調査を行ったことを非難された際には、原告から連絡がないのでこれを実施したと説明したことが認められる。
2 ところで、税務職員が税務調査を行うに当たり質問検査をなし得ることは所得税法二三四条一項に規定されているが、これは税の公平確実な賦課徴収を図るために税務調査のひとつの方法手段として規定されたものであって、その範囲、程度、時期等の実施の細目については、質問検査の必要があり、その相手方の私的利益との衡量における社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員への合理的選択にゆだねられていると解すべきである。したがって、税務職員が税務調査を行うに当たり、事前通知をなすか否か、求められた調査理由を開示するか否か及び立会人を認めるか否か等については、当該税務職員の裁量にまかされており、その判断が権限を逸脱していない限り、違法とはいえないことになるが、この見地からみれば、前記争いのない事実及び右認定の事実関係のもとにおいて、本件にかかわる堀内係官の右判断及び対応等に格別違法・不当な点があったとは認められない。
なお、原告は、被告係官(堀内係官)が、原告宅に臨場した際、同係官の座った机の上に必要な帳簿書類を閲覧可能な状態にして置いたと主張するが、これに沿う的確な証拠はない。もっとも、証人堀内隆雄の証言内容によれば、原告宅に臨場した堀内係官の前の机には資料箋や帳簿等はなかったが、同係官と体面して座っていた原告の脇か後方に紙袋らしいものがあったことが認められる。しかし、当然のことながら、右紙袋の中などに原告主張の帳簿等があったとしても、それを税務調査を担当している堀内係官が実額算出の資料として使用し得るように閲覧可能な状態にして提示するのでなければ意味がなく、本件においてはそのようにされていないことは明らかである。
また、原告は、被告係官(堀内係官)が立会人が同席していることを理由に容易になし得た税務調査を敢えてしなかったのは、民主商工会の会員である原告が税務調査を拒否したという既成事実を作出しようとしたためである、とも主張するが、税務調査につき守秘義務を有する堀内係官において、多数の立会人らの面前での調査を拒否したことが不相当であったとは到底いい難いばかりでなく、同係官が原告主張のような意図を有していたものと認めるに足りる証拠もない。
3 以上の事実経過によれば、原告は、堀内係官が六回にわたって税務調査に赴いているにもかかわらず帳簿書類を提示しようとせず、しかも調査日を無意味に引き延ばしたあげく、ようやく調査のため原告宅に臨場した堀内係官を多数の立会人らが取り囲み、堀内係官から立会人らを退席させることと帳簿書類を提示することを求められたのに、これに応ぜず、その後再度訪れた堀内係官に対しても、立会人なしの調査には応じない旨述べるなどして税務調査に協力しなかったことは明らかであり、そのため被告において、昭和六〇年分ないし同六三年分の原告の所得金額を実額で把握することができなかったというべきであるから、被告が本件係争各年分の所得金額及び推計により算出する必要性があったことを是認することができる。
二 (推計の合理性について)
次に被告が採用した推計課税の方法については、その内容が実額調査に代える方法となし得るだけの合理性を有していなければならないことはいうまでもないから、以下においては、右合理性の存否について検討する。
証人堀内隆雄及び同鈴木努の証言、原告本人の供述、乙一号証、二号証の一ないし三、三号証、弁論の全趣旨によれば、被告は、原告に対して工事材料等を販売した業者を調査(いわゆる反面調査)することにより把握した昭和六〇年、同六一年、及び同六二年の原告の各仕入金額を基礎とし、被告が管轄する相模原税務署管内において個人で電気配線工事業を営み、かつ事業規模が原告に類似する比準同業者の右各年度における売上原価率の平均値(平均売上原価率)で除して総収入金額を算出したうえ、これに比準同業者の総収入金額に締める特前所得の割合の平均値「以下「平均特前所得率」という。)を乗じて特前所得金額を算出し、原告の事業所得金額を推計したものであるが、原告は、右各年において、実際にも被告が把握した別表四記載の各金額を下回らない仕入れをしていたこと、なお、原告の年初及び年末の棚卸し高はその事業内容及び事業規模からみて著しい変動がなく、また原告には、原告の営む事業に専ら従事する原告と生計を一にする親族(事業専従者)がいないため、被告は、反面調査により把握した各仕入金額をもって売上原価とみなし、かつ、事業専従者控除額を控除せず、事業所得の金額を特前所得金額と同額としたこと、右比準同業者の抽出に際し、被告は東京国税局長からの平成三年八月二八日付け「税務訴訟に関する資料の作成及び報告について(通達)」と題する書面により、原告の納税地を管轄する相模原税務署管内における、昭和六〇年分から同六二年分までの<1>電気配線工事業を営む者、<2>青色申告の承認を受けている者、<3>右<1><2>の該当者のうち、対象年分における売上原価が、いわゆる倍半基準の範囲内にある者、すなわち昭和六〇年分については五八万六一一四円以上二三四万四四五八円以下、同六一年分については三九万五二八九円以上一五八万一一五八円以下、同六二年分については七二万〇八五三円以上二八八万三四一四円以下の範囲内の者、<4>年を通じて右<1>の事情を継続している者、<5>災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者、<6>税務署長から更正又は決定処分をされている者のうち、当該処分に関して国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立及び出訴期間が経過している者及び当該処分に対して不服申立がなされ、又は訴訟中でない者について、すべての年分に該当する者のほか、いずれかの年分に該当する者も含めて報告するよう求められ、これに応じてその基準にすべて該当する者を、所得納税申告書の職業欄、青色決算書等の業種名欄等から分類した被告の内部資料である業種別名簿に基づき、別表五1ないし3のとおり機械的に抽出したこと、これらに基づく本件係争年分の原告の所得等についての計算結果は、昭和六〇年分は売上原価一一七万二二二九円、総収入金額六七二万五三五三円、特前所得金額三〇六万二七二六円、事業所得金額三〇六万二七二六円、昭和六一年分は売上原価七九万〇五七九円、総収入金額五九三万五二七八円、特前所得金額三一七万四一八七円、事業所得金額三一七万四一八七円、昭和六二年分は売上原価一四四万一七〇七円、総収入金額七七〇万九六六三円、特前所得金額四一六万五五三一円、事業所得金額四一六万五五三一円となることがそれぞれ認められる。
なお、原告は、昭和六一年分及び昭和六二年分の仕入金額についてはこれを認め、昭和六〇年分は、少なくとも被告主張額を下回らない額が存することは認めていたから、右の点についての自白が成立しているというべきところ、その後、後記のとおり実額反証をするに際して仕入金額(売上原価)としてこれらと異なる金額を主張するに至っている。すなわち、昭和六〇年分として一二一万二一二〇円、昭和六一年分として七〇万七〇二四円、昭和六二年分として一三三万一九八〇円を主張しており、昭和六〇年分については被告主張額を下回らないが、昭和六一年及び昭和六二年分についてはいずれもこれを下回る金額を主張している。このような原告の主張の変更は、自白の撤回に当たり、相手方がこれを争う場合には、当該自白につき、その内容が真実に反し、錯誤によりなされたことが立証されなければ撤回が許されないというべきところ、被告は、原告がなお被告主張の売上原価額を認めていると主張することにより、右自白の撤回に異議を述べていると解されるが、原告は右撤回の要件について特段の主張をせず、また、実際の売上原価額(仕入金額)が被告の把握した前記認定の売上原価額と異なることを認めるに足る証拠はないから、結局、右自白の撤回は許されない。
以上によれば、被告が本件において採用した推計方法は、それ自体から明らかなように恣意的作為の介在する余地が少ないものであるばかりか、具体的にも算定の基礎とした仕入金額(売上原価)の把握方法とその結果、原告と業種及び事業規模等が類似する比準同業者の抽出過程とそれに基づく売上原価率及び特前所得率の平均値の算出方法においても相当であると認められ、これらを用いて原告の事業所得金額を算出することにより、原告の実際の所得に近似した数値が得られるものと考えられるので、原告の所得の推計方法として社会通念上合理性があるものとしてこれを是認することができる。
原告は、原告は特別の店舗を持たない一般住宅の電気配線工事業者であるから、そのような業者だけを比準同業者として抽出しない本件推計課税は不合理であると主張するが、弁論の全趣旨によれば、原告は、電力工事、既設設備の増設工事、屋外の電灯取付工事など、右主張にかかる一般住宅の電気配線工事以外の工事も行っていることが明らかであるうえ、電気配線工事業者ということで類似する同業者の平均売上原価率及び平均特前所得率をもって所得の推計をする以上、ある程度の偏差はこれに吸収されると解されるから、比準同業者を原告主張のように厳密に抽出しなくても、その合理性が損なわれるとはいい難い。また更に原告は、被告の比準同業者の抽出が原告の売上原価の五〇パーセントないし二〇〇パーセントの業者を対象になされていることに統計上の疑義があるとも主張するが、これは事業規模の近似性を有する業者を選択する方法として一応の合理性があり、この方法によって必然的に平均値が高水準となるとはいえないから、右主張も採用できない。
三 (実額反証について)
1 所得税の課税は、本来、実額に対してなされるべきであるから、被告がした本件推計課税につき、その必要性と合理性が認められるとしても、その後、原告が帳簿等による実額に基づく反論をし、真実の所得を明らかにするのであれば、それを課税標準とすべきことはもちろんである。しかしながら、原告の収入金額や必要経費等は、原告自身が最もよく知っているのであるから、被告の推計課税に対し、原告が実額反証を試みる以上、被告主張のように、原告主張の売上金額の存在が立証されるだけでなく、実際の売上が右主張額を上回るものでないことも立証されなければならないのであって、これは売上原価及び必要経費についても同様であり、いずれもその主張額の存在のみならず、実際の売上原価及び必要経費がこれらを下回るものでないことも立証されねばならないということになる。
2 そこで、以下この点を検討する。
原告は、売上に関する書証として、売上の請求書控え、売上先からの支払明細書、売上領収書控え、原告名義の預金口座通帳、並びに売上の相手先別の内訳を記載した報告書(甲一〇号証、一二号証、一四号証)及び陳述書(甲一七号証)を提出しているが、これに原告の供述するところを総合すれば、一応原告主張の実額についての証拠は存在するかのようである。
しかしながら、これを詳細に検討すれば、次に例示するように原告の供述内容等にも不自然、不合理な点が多々あって、証拠としては不十分であり、原告主張の総売上をそのまま認定することはできないというべきである。
まず、原告は、八千代信用金庫(現八千代銀行)淵野辺支店の預金口座通帳に基づいて昭和六一年分の売上として売上先不明の一万円(昭和六一年八月二九日入金)及び二万円(同年九月六日入金)を計上しているところ(甲一二号証、一三号証の三の10)、乙一〇号証によれば、右預金口座に入金されているのは矢口電化ストアこと矢口茂平振出の小切手であると認められるが、これに対応する売上領収書控えが提出されていないので、このことからすれば、原告提出の売上領収書控えによっては、総売上を明らかにできないといわざるを得ない。
次に、また原告は甲二四号証として提出されている原告名義の横浜銀行渕野辺支店の普通預金通帳の口座への入金は、原告主張の売上に計上されていない(弁論の全趣旨)が、他の書証と対比すると明らかに売上と思われるものがこの口座に入金されており(太田製作所から昭和六一年一月六日受領した四万円、有限会社喜末製作所から同年二月二八日受領した五万五〇〇〇蛾及び同社から昭和六二年一〇月二四日受領した一万六〇〇〇円。甲一三号証の二の2、4、一五号証の二の27)、同口座には原告主張以外の他の売上が入金されている可能性を否定できない。また、乙五号証の三ないし一〇、六号証及び弁論の全趣旨によれば、綜合建設こと松村次幹は原告に対し、電気配線工事代金として、いずれも約束手形により、昭和六〇年に合計八九万三三八〇円(同年四月三〇日振出の二九万三三八〇円、同年一〇月八日振出の四〇万円、同年一一月三〇日振出の二〇万円)、昭和六一年に合計五〇万円(同年四月二六日振出の二〇万円、同年一一月9日振出の三〇万円)、昭和六二年に合計五八万一九九〇円(同年五月八日振出の二〇万円、同年六月一日振出の三〇万円、同年七月四日振出の八万一九九〇円)をそれぞれ支払ったが、これらは明らかに原告主張の総売上から欠落していることが認められる。もっとも、この点について原告は、右約束手形は松村次幹から直接受領したのではなく、友人の阿久津昭夫から借り受けた旨供述しているが、この供述は、乙六号証の記載内容に反するのみならず、乙五号証の三ないし一〇によれば、昭和六〇年四月三〇日振出の二九万三三八〇円の手形が受取人白地であるほかは、いずれも原告が受取人として記載されており、阿久津昭夫が受取人となっていないことが明らかなので、このことからもにわかに信用することことができない。
なお、乙七号証によれば、原告提出の前記売上請求書控え(甲一一号証の一の1ないし37、一三号証の一の1ないし20、一五号証の一の1ないし31)及び売上領収書控え(甲一一号証の二の1ないし47、一三号証の二の1ないし37、一五号証の二の1ないし34)が綴られている各四冊の簿冊について、それぞれ四枚、七枚、八枚、一〇枚合計二九枚及び九枚、七枚、七枚、二枚合計二五枚の欠落があり、原告の供述する書き損じたので破り捨てたということは説明できず、不自然、不合理な点がある。
以上の数点について例示したところからも明らかなように、本件係争各年の売上額に関する原告の主張は到底そのまま信用することができないのであり、そうであれば、その余の点を判断するまでもなく、原告の実額の主張は採用の限りではないことになる。
第四結論
そうすると、原告の昭和六〇年、同六一年及び同六二年の総所得額(事業所得の金額)は、昭和六〇年分が三〇六万二七二六円、昭和六一年分が三一七万四一八七円、昭和六二年分が四一六万五五三一円と認められるから、課税標準を右金額の範囲内又はこれと同額としてなされた本件各更正(ただし、昭和六一年分及び同六二年分については、いずれも異議決定により一部取り消された後のものであって、昭和六〇年分は別表一の「更正・決定処分」欄、昭和六一年分及び同六二年分はそれぞれ別表二・三の各「異議決定」欄に記載された各金額を総所得金額・納付すべき金額とするもの)は、いずれも適法であり、したがって、これらの金額を前提としてなされた本件各過少申告加算税賦課決定もまた適法である。
よって、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 尾方滋 裁判官 秋武憲一 裁判官東亜由美は、転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 尾方滋)
別表一
昭和六〇年分 課税処分等の経緯
別表二
昭和六一年分 課税処分等の経緯
別表三
昭和六二年分 課税処分等の経緯
別表四
仕入金額の取引先別の内訳
別表五の1
個人電気配線工事業者の比準同業者(昭和60年分)
別表五の2
個人電気配線工事業者の比準同業者(昭和61年分)
別表五の3
個人電気配線工事業者の比準同業者(昭和62年分)